一片の曇りもない世界。

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数字の算数、記号の数学。

先日、「なぜパズルが得意なのに数学とかプログラミングができないの」というテーマでブログの記事を書いた。

 

なぜ、パズルが得意なのに、数学とプログラミングが得意ではないのか - 一片の曇りもない世界。

 

 

パズルが得意だからと言って論理的思考力が優れているとは限らないと思っている、という事を書いた。

 

それに加えてもう一つ、なぜ数学とプログラミングができないのか、に対する説得力のある(?)理由を考え付いた。今回はそれについて述べようと思う。

 

 

 

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私は算数が好きだ。

 

というより数字遊びが好きだ。

 

数字が増えたり減ったりするのはとても楽しいものだ。

 

後、無意味に数字を覚えるのも好きである。例えば円周率の数字を覚えることなんかも好きでやっていた。

 

しかし、記号を覚えるのは大の苦手である。

 

記号の中でも特に数学や物理などで見られる、εだとかδだとか意味を持たない記号を覚えるのが苦手なのだ。

 

 

 

なぜ意味を持たない記号を覚えるのが苦手なのか。

 

 

その理由は二つほど考えられる。

 

1.いちいちその記号の意味や、なぜその記号が使われているのか理解しないと進めない性格

記号≒ある一定の処理を簡略的にしたもの

と考えればすむ話だ。数学や物理に登場するギリシャ文字は、そういう意味でつかわれているはずだ。(たぶん)

 

例えば、高校数学の積分を習った際、「ここのΔは無視できる程小さい変化のことだから気にしないでいいよ」と言われて、頭の中がおかしくなりそうになった記憶がある。

ただでさえ∬やdxでおかしくなりそうだというのに、いきなりΔを出してきて「気にしないでいいよ」なんてあんまりではないか。気になるに決まっている。そのΔはなぜΔにする必要があったのか。詳しくお聞かせ願おう。

当然、聞かせてくれなかったが。

 

「なぜεにしたのか」「そのδはどういう意味なのか」

そういうことをいちいち考えてしまう性分なのである。何事にも意味がある、そういうポリシーで生きている。はい。

 

2.イメージがわかない

Σ?なにそれ?おいしいの?状態である。視覚的なイメージがわかないと理解することが難しいという性分である。

文字を文字として処理するのが難しい。のである。

 

例えば、記号は記号でも地図記号などは、一目でわかるようにデザインされているので、イメージしやすい。のですぐに覚えることができる。まぁあれはどちらかというとシンボルの範疇だが。

 

 

 

というわけで、私は記号を扱うのが苦手だ。ゆえに数学やプログラミングは苦手なのである。

(プログラミングでは、文字を" "で囲むというルールがあったり、数字の増減に++や--等を使うことがあったり、それ自体では意味を持たない記号のオンパレードであるといってよい。なぜその記号を使うのか、その記号を使う意味は?その記号じゃイメージできない、とか何とか言っても全く持って無駄である。それはそれとして覚えていくしかないのだ。)

 

 

ゆえに私は、電子回路の設計図なんて見たら頭がおかしくなってくるってしまうのではないだろうかと思っている。中学理科に出てくる電子回路の図でさえ少し抵抗を感じてしまったくらいだ。

 

 

 

余談ではあるが、私は幼少のころ、ピアノを習っていたが、楽譜というものを全く見ないで演奏していた。音符を記号ととらえてしまって、どうしても頭に入ってこないのである。幼少のころから、記号という物に対して頭が無意識的に抵抗していたんだなあ、と今更ながら思う。

 

 

 

 

というわけで。

数字遊びやパズルが得意なのに、数学やプログラミングが苦手という人は、もしかしたら記号を扱うのが苦手だからなのかもしれない。

皆さんはどうだろう。

 

ではまた。