一片の曇りもない世界。

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なぜ、パズルが得意なのに、数学とプログラミングが得意ではないのか

パズルが得意な人は数学やプログラミングが得意である。

 

というが本当か?

 

私は、パズル(と算数)が得意であるし、とても好きなのだが、数学とプログラミングはからっきしできない。

 

「なぜ私はパズル(と算数)が得意なのに、数学とプログラミングがからっきしできないのか」という事を日々考えるほどだ。

 

しかし今、ふとその答えらしきものが思い浮かんだ。ので少し書いてみようと思う。

 

 

 

 パズルが得意な人は、論理的思考力が優れている、という。

そもそもパズルが得意な人がなぜ、論理的思考力が優れていると言えるのか?という事を詳しく書いてあるところはほとんどないが、おそらくはパズルを解く過程というのが、

「A(最初)からZ(完成)に持っていくには、まずBとして、それからC・・D・・」

というふうに、答えまでの道筋を一つ一つ積み上げて行くもので、それが論理的であるから、パズルができる人は論理的思考力が優れいている、と言うのだろう。

数学やプログラミングも、1から順に積み上げて結果を導くという点で、非常に論理的な作業であると言える。

だからこそ、パズルが得意≒論理的思考力が優れている≒数学・プログラミングが得意

と言えるというのだろう。

これは「論理型」である。

 

 

一方で、とりあえずパズル自体を適当に動かしているうちに、ひらめきや直観が降りてきて完成までの道筋が見えた、のような、「ひらめき型」のパズルの解き方をする人もいると思う。

私は完全にこちら側の人間だ。

とりあえず、何も考えずに動かしてみる。色々なパターンを試してみる。すると、段々と完成までの道筋がぼんやりと見えてくる。そうやっていくうちに、突然、完成までの道筋がパっと閃くのだ。

この作業には、論理的思考力はほとんど必要ないと思われる。無意識的にはあるのかもしれないが、意識的にはほとんど必要ない。思考自体、ほとんどはたらいてないようにに感じる。

ひたすら、試行結果から得られたパターンを無意識の中に蓄積し、得られたパターンの数がある閾値に達したとき、自然と解答が閃く、のような感じだ。

こちらの場合は、論理的思考力というより、パターン認識力というものが優れているのだろう。

 

同じパズル好きでも、やり方が異なるのだ。

 

 

一般的に言われる、パズルが得意かつプログラミングや数学が得意だという人は、論理型であると思う。

一方で、(私のような)パズルが得意なのになぜかプログラミングや数学はかっらきしできない、という人はひらめき型であると思う。

そう、我々(誰だ)は本当はひらめき型であるのに、論理型とひとくくりにされてきたのである!(論理型に罪はない)

 

 

さて、プログラミングや数学はご存知の通り、論理のかたまりである。

論理的思考力なくしては、複雑な証明問題を解くことや、巨大なシステムを作る事は難しい。

仮にひらめき型がひらめいて、なぜか数学の超ムズカシイ問題の解答が得られたとしても、1から100まで綿密な論理で証明できないと評価されないし、1から100までプログラムを記述しないとシステムが動かない。

「答えは何となくわかるのに、証明しろと言われると・・・」

「ここがこうなって・・・できた!・・・アレ?システムが全く動かない」

などということは日常茶飯事である。

答えまでの道筋は何となく思い浮かぶのだが、いざ細かく説明しろと言われるとどうにもできないのだ。実にもどかしい。

 

もちろん、プログラミングにも数学にもひらめきというものは重要である。多くの数学者はひらめきのおかげで難問の解決策を思いつき、証明できたと言う。

しかしベースとなるのは論理的思考力である。ひらめきは添えるだけ。

まあ要はバランスが重要になってくるのだが。

 

私は、我ながらひらめき力に突き抜けているなと思うし、そうである自分に誇りを持っている。

論理型には憧れがあるが、論理的に考えるとなるとどうしても苦労する。自然にできないのである。

まぁしっかりと勉強し頭に叩き込めばいい話ではあるが。

 

要は、パズルができる出来ない、論理型かひらめき型かなどと言わず、やりたきゃやればいいのだ。好きならばやればいいのだ。面白ければやればいいのだ。

言ってしまえば、ただ私は、数学・プログラミングを面白いと思わなかった。ただそれだけのことなのだ。

 

 

 

というわけなので、パズルが得意なのに数学とプログラミングができないのはどうしてか、という問いには少しは答えられた気がする。

納得する答えが見つかったというべきか。

数学やプログラミングが苦手な理由は、規則性や階層構造など他の要素もあるとは考えているが、それらも言ってしまえば論理的思考力の産物と言えるので割愛した。というよりそれを論理的に説明するのが面倒なのである。

ひらめき型はネットワーク的思考なのだ。

ノードとなる知識や知見、試行結果をひたすら収集し、整理せずにため込んでおく。

するとある時、無関係に見えるノード同士が繋がって、線となる。それも一つではなく、様々なパターンが。

いわゆる点が線となってつながるのである。

 

 

 

こうして、ようやく、私と数学・プログラミングとの戦いが終わった。(戦っていたのか)

戦っていると思っていたのは私だけか。まあいいのだ。

私のやり方というものがわかったのだから。

得られたものは私にとって本当に大きいものだ。

これから私は、数学・プログラミングを暖かく見ることにする。